『重症』
夏休み。
もう、何度目かの、2人きりの部活動。
一言も話さずすらすらと書き続けている吉野を、夏目はそっと眺めた。
もう、頭の中で話は完全に出来上がっているのだろう。
一心に動かされる、白い腕。
真っ白な紙が、几帳面な字で埋め尽くされていく。
夏目は、そんな字で書かれる吉野の小説も好きだった。
と、じっと見ていたためか、不審そうに、吉野が顔をあげる。
「何か、用ですか」
まっすぐにこちらを見て、彼女は問うた。
その目を見た途端、衝動にかられて。
夏目はまっすぐに手を伸ばす。
先ほどまで煩いくらいに耳についていた蝉の声がすっと聞こえなくなる。
きっと。
今、存在しているのは、私と吉野だけ。
華奢な肩に指先が辿りつく。
触れた先がびくりと強張るのがわかった。
それを気にせずに、次の瞬間、ふわ、と唇を寄せる。
触れたか触れないかというところで、腕で思い切り払われて。
「やめて下さい」
言葉と共にきつい視線が向けられた。
蝉の声が、ゆっくりと戻ってくる。
「……うん、御免」
微笑みながら夏目は謝った。
そんな夏目をしばらく睨んだ後、吉野はゆっくり溜息を吐く。
「だから2人きりなんて嫌なのに」
みっちゃんも、恭子もどうして、こう来れないのかな、と
他の1年生の名前を挙げながら、独り言のように、そう続けて。
諦めたように吉野は小説の方に戻った。
ああ、それは。
夏目は一人、くす、と笑みをこぼす。
私が大抵吉野一人にしか連絡を回してないからなんだよ。
こんなこと、絶対に言えないけれど。
一緒にいるだけで満足するつもりだったんだけど、
それじゃ足りない位、吉野のことが好きみたいだ、私。
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時期的に、『空蝉』のちょっと前くらいか。
手を伸ばす、兼、2007年の残暑見舞いssでした。
因みに夏目さんは部長なのであります。
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