彼女は、後ずさる。
怯えたような、それでいてどこか挑発するようなその表情。
『諦念』
放課後の、学校。
屋上へと通じる階段は、いつだって、人気がない。
活発な部活動の声だって、ここでは遠い喧噪でしかなくて。
私と萩野は、だから2人きり。
自分で呼び出しておきながら、でもそれに応える萩野は馬鹿だなあと思う。
危険なことくらい、わかっているだろうに。
もう、私は。多分自分を抑えられないから。
「いい加減、応えてくれたっていいじゃない」
両手首を掴み、壁に押し付けた。
華奢で、透けそうに白い腕は、特に抵抗も見せずに。
萩野はただ、目を伏せて、小さく首を横に振る。
こんな時だというのに、私はその長い睫に、思わず目を奪われた。
「好きなんだ。萩野のことしか考えられない」
私の方が少し身長が高いから、萩野を見下ろす形になる。
祈るような気持で、これまで何度も繰り返してきた言葉を口にした。
「いくら言われても、無理なんです」
囁くような声で、萩野はいらえる。
そしてこちらをまっすぐに見つめた。
――ああ。
私は強く唇を噛んだ。
結局、追い詰められているのはいつだって私。
どうしても、萩野には届かないんだ。
何を言っても、何をしても無理。
好きで好きで仕方がないのに。もうずっと長い間、萩野のことしか見ていないのに。
…どれだけこちらが想おうが、そんなことが無関係なのは、勿論わかっているけれど。
でも。
衝動に駆られて、萩野の顔に、顔を近づける。
萩野は、それでも抵抗は見せず、ただ、きつく目を閉じた。
押し付けた手首が、強張るのが伝わる。
それに構わず、私は、そのまま口づけた。
――逃げてくれれば、良かったのに。
触れた唇はおそろしく冷たくて、ただただ拒絶しか感じられなかった。
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壊してしまえば、良いのかもしれない。
でも、それでも私には何も残らないんだ。
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