「一緒に初詣に行こうよ」
そう、言われたのは、1月1日の朝だった。
『初詣』
唐突な誘いに、奈津は、は?と聞き返した。
「だーかーらー、初詣にいこって言ってるの」
受話器越しに聞こえる素子(もとこ)の声色は、どうも本気のようだった。
「初詣くらい、良いけど……ずいぶん急だね」
「うん、だって、さっき思いついたんだもん。
あ、そだ。なっちゃん、これからこっち来てよ」
「なんで?神社なら、あたしの家からのほうが近いよ」
「着物で行きたいの。なっちゃん、着物持ってなかったでしょ?
私の貸すから、来てね。じゃ」
言いたいことを伝えて一方的に切れた受話器を眺め、奈津はため息をついた。
「なっちゃんにはね、この赤いのが似合うと思うんだ」
そういいながら、素子は、床に散らばった数着の着物の中から、赤い着物を取り上げた。
結局、奈津は素直に素子の家に来たのだった。
素子の部屋に足を踏み入れた瞬間、その散乱した着物の数に、奈津は唖然とさせられた。
素子の和風好みは、奈津もよく知っていたつもりだったが、
それでもこんなに着物を持っているとは、認識不足だった。
「うーん、もうなんでもいいよ。素子が選んでくれたやつを着るから」
「そう?じゃあやっぱり、この赤いのだね」
素子はそういいながら、奈津に、はい、と着物を渡した。
「それから帯は……ああ、この色がいいや。それから帯紐と……」
ぶつぶつ言いながら、素子は次々と着物の着付けに必要なものを奈津へと渡していった。
「ストップ」
たまりかねて、奈津はそんな素子に言った。
え?と、素子は奈津を見る。
「どうかした?」
「私、着物の着方なんてわかんないよ。渡されても困る」
素子はぽかんとして奈津を見た。
しかし、次の瞬間笑みを浮かべて。
「私が着せてあげるよ。それじゃあ」
初めは、着物を肌に滑らせる素子の手つきをくすぐったがっていた奈津だったが、
次第に、笑うのをやめて、素子を見つめだした。
てきぱきと、着付けをこなしていく姿が、いつもよりも大人っぽく見えてドキリとしたのだ。
「はい、できたよ」
帯紐を結ぶため、しゃがんでいた素子が、そのままの体勢でそういった声で、奈津は我に返った。
「あ、有難う」
「良いのよー」
そう言いながら、素子は笑みを見せる。
「私が着てもらいたかったんだし」
えへへ、と言いながら素子はウィンクをした。
「あ、ちょっと待ってね。これから私も着替えるから」
そう言って、馴れた手つきで、素子はすぐに着物を身に着ける。
「さ、行こっか」
言いながら。
素子は奈津の腕をとって、自分の腕を絡ませ、そっと寄り添う。
そして前を見たまま。
「今年も、よろしくね」
奈津にそう、言った。
うん、と奈津は頷く。
笑みがこぼれるのを自覚した。
「こちらこそ、ね」
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