『マニキュア』
「マニキュア、塗って」
里香はそう言って沙希の前の席に腰を下ろし、マニキュアのビンを置いた。
「またぁ?」
沙希は読んでいた本から顔をあげて言った。
「だって、どうしても右手は綺麗に塗れないんだもの」
「理由になってないよ、それ」
そう言いながらも、沙希は栞をはさんで本を閉じる。
そんな沙希に、ありがと、と里香は微笑んで手を差し出した。
沙希はその手をそっととる。
冷たく白い、手。形の良い爪。
本当は、沙希は里香にマニキュアを塗ってやるのが、好きだった。
口に出したことは、勿論ないけれど。
丁寧に、黙々と、沙希はマニキュアを塗り始める。
深い紅色にそまっていく、指。
その色は驚くほどに里香に似合っていた。
右手の親指から初めて、左手の薬指を塗り終えたとき、
沙希は衝動的に、その指先に口付けを落とした。
そして、その瞬間に後悔する。
こんな行動を、里香はどう、思っただろう。
しかし。
「どうかした?」
咎める風でもなく、里香は優しく微笑んで、沙希を見た。
あまりに普通の反応に、沙希の方が狼狽する。
そんな沙希を気にする様子もなく、里香は自分の手を広げて、目の前にかざした。
「やっぱり人に塗ってもらうのが一番だね」
そう言って、マニキュアを手にとって席をたつ。
そして机と机の間の通路を通りながら。
「また、塗ってね」
沙希の方は見ずに、手をひらひらと振りながら、言った。
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