『約束』
クラスメイト達が歓声をあげながらバレーボールをしているのを、
上原晴香は一人、制服姿でつまらなそうに眺めていた。
水曜日の5限、体育の授業。
晴香は1ヶ月前にした骨折のせいで、見学せざるをえなかった。
今日の授業から始めた、バレーボールというスポーツを、晴香はしたことがない。
・・・・・・あんなにキャアキャア騒いで、そんなにも楽しいスポーツなのかしら。
そんなことを丁度思っていた折である。
先ほどまでとは異質のざわめきが、耳に届いた。
不審に思って、晴香はそちらを凝視する。
と、一人の少女がこちらに向かって歩いてきた。
大丈夫?とかお大事に、という声が聞こえてくることから、
彼女が怪我をしたことが、想像できた。
怪我をした少女は、晴香に近づいてきて、言った。
「ねぇ、後ろよいかな」
同じクラスの片野千佳だった。
晴香はさして、千佳と仲が良いというわけではない。
否、仲が良い、悪い、という次元の問題ではなく、今まで喋ったことがなかったのだ。
そんな千佳があまりに普通に喋りかけてきたことに、晴香は戸惑った。
しかも、後ろってなんだろう。
そんなことを思っていると、千佳は春香の返事を待たずに、春香の後ろに座った。
そして、その細い体を、そっと春香の背中に預ける。
思わず春香は、びくりとした。
「こうしてちゃ、駄目?」
そんな春香の反応に気づいたのか、千佳はそう言った。
「駄目ってわけじゃないけど・・・」
春香は言いよどむ。千佳の行動が理解できなかった。
それでも、背中に感じる温もりは不快でない。
見学仲間が増えたことも、こういっては不謹慎かもしれないが、
春香は少し嬉しかった。
「頑張りすぎて、ちょっと疲れたんだ。しばらくで良いから、こうさせて」
そう言った千佳に、怪我は?と春香は聞いた。
ああ、と千佳は軽く笑う。
「突き指しちゃったんだ」
「・・・・・・大丈夫?」
「全然平気」
顔は見えないが、声の調子で、そのことは伝わってきた。
「ねぇ」
ん?と千佳は返す。
「どうしてわざわざ後ろなの?」
聞きたかった問いを、やっと春香は口にした。
「だって、横に行ったら、バレーが目に入る」
「目に入ったらなんなの?」
「やりたくなるじゃん」
当然のようにそう言った千佳に、春香は驚いた。
「そんなに楽しいの?」
「あたしは好きだな」
その足が治ったら、と千佳は続ける。
「上原さんも一緒にしようよ。休み時間にでも」
「ありがと」
見えはしないが、春香は笑顔で言った。
「片野さんも、早く指が治ると良いね」
「うん。上原さんもね」
互いにそう言って、二人は一緒に笑った。
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