「あ、明日って七夕祭りだ」
ふと、顔をあげて夏目は言葉を発した。
『タナバタマツリ』
「あー、駅前の?」
夏目と仲の良い副部長の福田が、相槌をうつ。
「そうそう。皆で一緒に行こうよ。浴衣でも着てさ」
夏目の提案に、わあ、楽しそう、といった賛同の声が飛び交った。
夏目たちの住む地域では、毎年、七夕のある週の土曜日の夜に、
駅一帯で七夕祭りが開催される。
車両は通行止めとなった道路に、夜店がずらりと並び、辺りはいつもと違った華やかな雰囲気を醸し出す。
――七夕祭りかあ。久しく行ってない。
吉野は、頬杖をつきながら、ぼんやり考えた。
と、正面にいた夏目と目が合って、思わず頬杖を崩し、姿勢も正す。
「吉野も、来てくれるわよね」
そんな吉野に、夏目は微かに笑いながら言った。
「はあ」
曖昧に、返事をする。
「浴衣姿、楽しみにしてるから」
「あー、また夏目ったら、そんなこと言ってる」
福田が笑いながら、横から野次をとばした。
駅前の大通りは、人でごったがえしている。
吉野が待ち合わせ場所に着いた時には、参加者のあらかたが揃っていた。
ピンク、水色、赤、青。色とりどりの浴衣が目に鮮やかだ。
「あ、吉野は水色だ。やった、当たった!」
「えー、絶対ピンクだと思ってたのに」
同級生の友人達が、開口一番そう言う。
「何?予想してたわけ?」
「そうそう」
「私、正解〜♪」
きゃあきゃあ騒ぐ友人達を尻目に、吉野は、ぐるりと見渡してから、
「みっちゃん、夏目先輩は?」
友人のみっちゃん――中井美津子に問うた。
「え、まだ来てないっけ」
中井はキョロキョロした後、あら本当、と呟く。
丁度その時、遅れて御免、と声がした。
吉野が振り向くと、そこには夏目が、走ってきたのか軽く息を切らしながら、立っていた。
その姿を見たとたん、思わず、小さく息をのむ。
「やーん、夏目、そうしてると美人!」
福田の声が、飛ぶ。
「なに、いつもは美人じゃないみたいな言い方じゃん」
そんな福田に夏目は、にやりと笑って、返す。
夏目は、藍色の地に、赤と黄色の朝顔が描かれた浴衣に身を包んでいた。
本当に、きれいだ。吉野は心の中で福田の言葉に賛同する。
ちょっと粋な雰囲気のその浴衣は、大人っぽい夏目に、とても似合っているのだ。
自分の水色に金魚模様の浴衣が急に子供っぽく思え、吉野は俯いた。
「やだ、吉野可愛い」
そんな吉野の耳に、夏目の声が届く。
と、同時に。
ふわ、と抱きすくめられる。
目の前には、藍の浴衣と対照的な、白いうなじ。
「な、つめ先輩」
狼狽えながら、吉野は夏目の腕をはらった。
「相変わらず吉野はつれないな」
夏目はクスクス笑いながら、諦めて福田の方へと、向かう。
そんないつもの様子すら、今はとても綺麗に見えて。
ぎゅ、と吉野は唇を結ぶ。
――違う。好きなんかじゃない。
前から薄々感じ始めていた感情を、必死で否定する。
私と夏目先輩だと、何から何まで違いすぎる。全然釣り合わない。
からかわれてるだけ。本気になったら、馬鹿をみるだけ。
「どうかした?」
黙り込んだ吉野に不審そうに、中井が顔を覗き込んで聞く。
「…ん、なんでもない」
笑顔をつくって、吉野は返した。
一年に一度しか会えなくても、ずっと想い合っていられるならば、きっと幸せ。
毎日会えるけれど、信じられない人を好きになるよりは。きっと。
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図らずも、どんどん遡っていっています。
今回は再び吉野視点、で。
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